#12 生理用品をケチるのをやめる

【自分が我慢してでも節約するべきという思い込み】

回の記事で、食費を節約しようと割引き品を買っていたことがかえってよくなかったということを書きました。

前回の記事はこちら↓

#11 割引きされた食品を買うのをやめる

その心理には「自分が我慢してでも節約をするべき」という強い思いがあったから。

その理由として、私は小さい頃から「勉強以外にはお金は出さない」と言われてきて、自分の好きなものにお金をつかうことに対する罪悪感と自分に対する無価値感を持っていたことが考えられます。

そういった考えは、生活のあらゆる場面に影響していました。

その最たる例が、生理用ナプキンでした。


【節約のためにナプキンを我慢していた】

と話す機会もなく、自分の異常性に気づきにくいナプキン事情。

たとえば生理用ナプキンの交換頻度には、その人の金銭感覚がそのまま現れるのではないかと私は思います。

ベストな交換頻度は、トイレに行くたびに交換することだと思いますが、私はこれまで、ナプキンが吸水ギリギリになるまで交換しないことを習慣にしていました。

ナプキンは最安値のものを買い、時にはトイレットペーパーでカサ増し(?)し、なんとか生理をやり過ごす…なんてことを、20年近く行ってきました。

経血で濡れたナプキンは冷たくて気持ち悪いし、夏には蒸れて肌が荒れることもある、、、けど我慢。

「節約しなきゃ」という気持ちと「自分にはいつもきれいなナプキンを使う価値がない」という思いが、私をそうさせていたと思います。


【快適なほうが生産的】

が毒親育ちと気づいてからは、自分を大切に扱うことの1つとして、生理用ナプキンは使い心地のいいものを選ぶようにし、トイレのたびに交換するようにしました。

ナプキンを変えるたびに快適さが味わえるので、まるで自分が特別な存在になったかのような優雅な気持ちにさえなります。

そう思うと、生理だって楽しく乗り切れる。

最初は「私なんかがいいのかな」という気持ちがありましたが、ただでさえ憂鬱な生理、自分を許してあげることへのハードルは低かったですね。

ナプキンの交換頻度が増えたからと言って、すごくお金が減ったかというとそんなことはなく、むしろストレスが減ったせいかお金に余裕ができるようになりました。

小銭をケチって不快な気持ちで過ごすよりも、快適に暮らしたほうがずっと生産的だということにやっと気づきました。

とは言うものの、めっちゃ不快なことを知っているからこそ、快適なことへのありがたさもより強く感じられるわけで、自分には必要な経験だったのかな、と思います。

世の中にはナプキンを贅沢品だと言う人もいるそうですね。

私自身、もし我慢したまま年老いていたら、そのように思っていたかもしれません。

でも、我慢してイライラしている人が多くいるよりも、快適で穏やかな気持ちの人が多くいるほうが、社会的には安心であり、生産性も高いのではないかと今では思います。

誰でも必要な時にナプキンを心地よく使えるメンタリティを、世の中全体で育んでいけたらいいですね。

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