#9 休日にスケジュールを入れるのをやめる

【休むことができなかった子供時代】

自身は幼少時代から習い事をたくさんしていて、学校のある日もない日も関係なく、何かに従事していることが当たり前の生活をしていました。

当時の親の心理には「貧しくて自分がさせてもらえなかったから」という良心と、「させてやれているから親より自分は優れている」という優越感の2種類があったと私は考えています。

それに加えて「それだけのお金を払うために休みもなく働いているんだ」と親は常に言っていたので、私は休むことも投げ出すことも許されませんでした。

だから、「ありがたいことなんだ」とか「自分は他の人よりすごいんだ」と思い込むことで、しんどさを感じないようにしていたところがありました。

習い事はいつしか、受験勉強に置き換わり、大学受験が終わるまでそんな生活が続きました。

そして、私は「休む」ということを知らずに社会人になってしまったのです。


【休むことへの罪悪感】

んな私は、休日にスケジュールがないと落ち着かず、何かと予定を詰め込むことが日常でした。

ストレス発散にお酒をバカみたいに飲んでいたし、体もしょっちゅう壊していました。

自分を大切にした生活とは、とてもじゃないけど言えない。

休めば、自分がダメになってしまうのではないか。

休むなんて、怠けるのと同じじゃないか。

今から思えば、私にはそんな強迫観念があったのです。

それに気づいたのは、夫との結婚がきっかけ。

夫は休日はずっと家にいて、テレビを観たりゲームをしたり漫画を読んだり。

時にはソファにじっと座っているだけの時もあって

「今何しているの?」

と聞くと

「何もしてないよ」

と返ってきて、ついに私は夫にイライラをぶつけてしまいました。

その時、夫に

「なんで休日なのに何かしないといけないの?いつ休むの?」

と言われて初めて、私は休むということに罪悪感を感じていたんだと気づきました。


【休むことに罪悪感を感じるのは脳のせい】

の意識には、顕在意識と潜在意識(無意識)があるといいます。

潜在意識は6歳頃までに形成されるそうです。

私の中の「休むことは悪いこと」という認識も、きっとこの時期に学んだことであり、休むことで落ち着かなくなったりそわそわしてしまうのはそのせいだと思います。

いっぽうで、休んだことでよかった経験もこれまでしてきました。

たとえば、暗記したものが記憶に定着するとか。

悩んでいた問題の解決策を思いつくとか。

自分では休んでいるつもりでも、脳が無意識下で働いている、ということだと思います。

もし休まずに行動し続けていたら、得られなかったものもあると思うのです。

…とすれば、休むことに罪悪感を感じるのは脳のせいで、実際には休むほうがいろいろ効率がいいし、無意識をうまく利用できるのでは、と考えるようになりました。

そこから少しずつ、夫と休日を過ごしながら「何もしないで休む」ということに徐々に慣れていきました。

能動的に休む、というか。

最初はそれでも「今日は何もしなかったからダメな日だ」と強烈に罪悪感を感じることもありましたが、慣れるとそういうこともなくなり、今ではしっかりリフレッシュできるようになりました。

体が元気だと、ネガティブ思考にもなりにくいですし、「休む」ことの大切さを実感しています。

かつての私のように、休むことに罪悪感を感じてしまう人は、子供時代の自分を振り返ってみると、気づきがあるかもしれません。

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