【毒親育ち実践ノート】頑張り屋さんをやめる

【小さい頃から頑張り屋さん】

は小さい頃から、「頑張り屋さん」と言われることが多かったです。

そう言われると認められてるような気がして、「頑張ることはいいことなんだ」とずっと思ってきました。

大人になってからもあらゆることに肩の力が入りすぎてしまい、特に職場で無理をする場面が多く、そのことが原因で仕事が続かないということがありました

具体的には、下のような感じです。

・無理なシフトを引き受けてしまう

 

・できないことにプレッシャーを感じてしまう

 

・職場での人間関係にまともに取り組もうとしてしまう

職場以外でも、「頑張り屋さん」であることは、私のライフワークである音楽活動にも支障をきたしていました。

私は、ライブが決まると「練習しなきゃ」と自分を追い込んでしまい、のどに負担をかけてしまうことが常だったのですが、若い頃はそれでもなんとかなった。

でも、アラフォーになって、ライブまでにコンディションを整えられず、ライブが終わってからはリカバリーができない自分に、「このままのやり方ではきっと歌えなくなる」と危機感を覚えました。

そうして初めて、自分にあったやり方を模索しようと思い始めたのです。


【自分にちょうどいいペース配分を考える】

「頑張り屋さん」という言葉には、キャパを超えて頑張ることがあたかもいいことのように感じさせるニュアンスがありますが、やっぱり本人は無理をしているのです。

私自身は、母が公文式の先生をしていたこともあって、学年よりも先に教材を進めていくことがいいことだと言われてきました。

「できない」「やりたくない」と言うことはできなかったし、通知表はいつもオール5を期待され、そうでなければ厳しく叱責されました。

そうやって自分の本来のペース配分は失われ、パーフェクトを目指していつも無理することが私のデフォルトになっていきました。

そのしわ寄せが、時間差で今の私にきているのだとしたら、「頑張り屋さん」ってなんて偽善的な言葉だろうと思います。

マラソン選手だって、自分のペースを守らなければすぐに走れなくなってしまうのに。

長い人生を生きていくには、なおさら、ペース配分が必要。

無理をするような頑張り方は、終わりが決まっている「大学受験」みたいなものには有効かもしれませんが、日々の暮らしで同じような取り組み方をしていたら、心身を壊してしまってもおかしくありません。

だったら「頑張り屋さん」はやめなければいけない。

そのことに気づいてからは、頑張ろうと意気込むことはあっても、深呼吸して自分を落ち着け、無理のないペースで頑張るように意識するようになりました。

結果を焦って無理をして、自分を壊してしまうよりも、少しずつ前に進むことを選んでいかなきゃいけないですね。


【まとめ】

上のように、毒親育ちで特に教育虐待を受けてきた人は、自分のペースがわからず、つい頑張りすぎてしまいがちなのではないかと思います。

無理して心身を壊してしまう前に、自分のペースをみつけて、無理をしない生き方を模索することは、本来の自分の持ち味を発揮するために必要なことだと思います。

私自身、今までずいぶん生き急いできた気がしますが、これからは「頑張り屋さん」をやめて、自分のペースで歩んでいこうと思います。

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