【毒親育ち実践ノート】他人をジャッジするのをやめる

【他人をジャッジする原因は自己肯定感の低さ】

自身はこれまで、他人をジャッジするクセがありました。

「あの人は間違っている」

とか

「こうするべきだ」

みたいに。

そうやって他人をジャッジしたら、まるで自分が偉い人になったみたいで、気持ちがよかったのです。

そんな私の実情は「自分は生きている価値のない人間だ」と思うくらい自己肯定感が低くて、「自分をさらけ出したら負けだ」という恐怖心がありました。

だから、人と接する時に自分をよく見せようとするばかりで、本心から付き合うことができず、深い人間関係を築くことをずっと避けてきました。

でも、そんなこと自分で認めたくないから、遠くの安全な場所で人をジャッジして、自分の心を保とうとしていたんだと思います。

「自分はあの人とは違う、高尚な人間なのだ」と自分に言い聞かせながら。


【ジャッジをやめたら感情にふり回されなくなった】

んな私が人をジャッジしなくなったのは、毒親育ちと気づいて以後、たくさんの本を読んだことがきっかけ。

若い頃にはそんなに大差がないと思っていても、アラフォーにもなるといろんな生き方があるんだなぁと、本を通して気づかされました。

かたや、プー太郎と言わずとも子ナシ専業主婦でろくに社会に貢献せず生きている人間(私のことですよ)がいれば、起業して社長になる人もいるし、会社でキャリアを積みながらプライベートで輝く人もたくさんいる。

そんなキラキラの人生を歩む同世代と張り合おうなんて、むしろ恥ずかしい……。

劣等感にもだえながらも、おもしろい文章と生き様に感服。

最後にはちゃんと「がんばろうな」って伝えてくれるしね、、

完敗だ……。

そうやって自分の負けを認めてみると、肩の力が抜けて、世の中の見方がずいぶんと変わりました。

世の中には、たくさんのすばらしい人が活躍していて、そのおかげで社会が成り立っていること。

そんなことも知らず、自分がいかに狭い視野で物事をとらえていたかに気づいたのです。

全くちがう視点で見たら、自分のほうが間違っていたと思うこともあり、今まで「こうだ」とジャッジして、文句を言っていた自分を恥ずかしく思いました。

……どうせ敗北の人生なら、ジャッジするのはやめて、ちがう角度から考える「学び」としてとらえよう。

そう思ってからは、他人の言動にイライラする必要がなくなったし、学びを得られたとして、ポジティブにとらえられるようになりました。

同時に、自分自身のこともあきらめがついて、毎日を気楽に暮らせるようになりました。


【まとめ】

人をジャッジする前提には、「自分は正しい」という強い思い込みがあります。

逆に考えると、自分が間違っていること、恥をかくことが何よりも怖い。

私自身は、同世代の人の本を読んで、「負け」を感じたことが、人生を変えるきっかけになりました。

学生時代までは、過酷な受験競争に生きてきたので、負けることは恥ずかしいことで、お先真っ暗なイメージしかなかったんですが、思ってたほど悪いものじゃないですね。

そのことに気づいたので、これからはいろんなことに挑戦していけそうです。

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