【毒親育ち実践ノート】親との関係修復を望むことをやめる

【絶交しても母は変わっていなかった】

が両親と絶交したのは2019年のこと。

親から離れたら楽になれると思っていたのに、その後は罪悪感に苦しむ日々が続きました。

「親には感謝するものだ」

「生きているうちに親孝行すべきだ」

というような社会通念がありますが、私自身も絶交するまではそのように思って生きてきました。

だから、「親と絶交するなんて、自分はなんてひどい人間なんだろう」と自分を責めてしまうのです。

そんな罪悪感から逃れたいがために、私はずっと仲直りする機会があれば……と考えていました。

2020年、未曾有のコロナ禍に突入した頃に、親から荷物が送られてきました。

「この先何があるかわからない」という不安から、自分も融和ムードになっていて、1年ぶりに母に電話をしました。

その時は、穏便に会話が進み、電話を切った後で

「もう大丈夫!ふつうの親子でいられるんだ!」

と、気分が高揚したのを覚えています。

「親不孝な悪い子」から抜け出せたような、そんな気分だったのかもしれません。

そう思ったのもつかの間、数日後に母からの電話を受けたら、1時間以上にわたって近所の人の愚痴を聞かされる。

数ヶ月後には、以前のように頼んでもいない荷物を何度も送ってくるようになりました。

母の支配的な言動から、過去のいやな感情がフラッシュバックしてしまい、もうそれ以上やりとりを続けることは難しいと思い、再び絶交せざるをえませんでした。


【関係修復が無理だとわかったら楽になった】

上のようなことがあり、復縁してみたものの、相変わらず支配的な親と、思った以上に深い自分のトラウマを確認するという結果に終わりました。

さらに1年後、親族の葬儀で会った時にも、母は変わっていませんでした。

だから「親と仲直りすべき」と頭では思っていても、私には無理なんだなって、さすがにあきらめがつきました。

理屈じゃなく、心から無理なんだ、と。

毒親から自分を解放するには「対決」が必要だと、スーザン・フォワード著『毒になる親 一生苦しむ子供』には書かれています。

私自身は、「対決」には2つの意味があると思います。

「親に執着しない生き方を明確にし、宣言する」という意味と、「親は変わらない、ということを確認する」という意味です。

「対決」なんて無理……と思っていたけど、ふり返ってみれば、上に書いた親との接触は擬似的な「対決」になっていたんだな、と。

私が心を壊しても親は変わらない。

そして、そんな親とは付き合えない、ということが自分の中ではっきりとしたから。

そのおかげで「仲直りしなきゃ」「親孝行しなきゃ」という執着が消え、親のことを思い出して罪悪感にさいなまれることが減った分、穏やかな時間が増えました。

結果的には絶交を選ぶことにはなったけど、復縁を試みて接触を持ったのはいい機会だったなと思います。


【まとめ】

りゃ長年一緒に暮らしていたんだから、いい思い出もたくさんあります。

一緒にケーキを作ったこと、旅行に連れて行ってくれたこと、毎朝お弁当を用意してくれたこと……

そんないい思い出があるからこそ、親との関係修復にこだわり、苦しんでしまう人が多いのだと思います。

親との関係が途絶えたとしても、それらが今の自分を形成してきた要素であることにちがいはありません。

私自身、親との関係を絶った時にすべての記憶がなくなればいいのに、と思いました。

でも、それでは自分が自分でなくなるから。

これからは、親への執着ではなく自分のアイデンティティとして、いい思い出もつらかった思い出も、ぎゅぅっと抱きしめながら生きていけたらいいなと思っています。

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